最初に課題として感じていたことが、課題の全てではないかもしれない

最初に課題として感じていたことが、課題の全てではないかもしれない。

例えば腹這いで進む様なワーク一つでも
「果たしてそのワークで育めることは、
今できている様に感じていることだけだろうか?」と、
自ら問い続けることができなければ
見出しそびれてしまうことがたくさんあります。

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なぜ、上肢からなのだろう?

ナチュラリゼーションの寝返りは上肢から動くのですが、ある程度長くレッスンを続けてきた生徒さんたちに、このところあえて下肢から動く寝返りもやってみて戴いてきました。

それは「なぜ、上肢からなのだろう?」という問いを、その二つのパターンの感触の違いから引き出すことができればという意図がありました。

上肢から動くときは働くけれど、下肢から動くときは余り働かない部位もあります。
そして、その働きに気付いたことが、片脚に立つことや歩くこと、更にはターンアウトとの関わりへと結びついてきた生徒さんもいらっしゃいます。

「なぜ上肢からなのだと思いますか?」とこちらから問いを投げかけてしまうのは簡単ですが、でも、もっと大事なのはその問いが生まれてくるところなのではないかと思うのです。

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歩くことの中で

何らかの理由で上位胸郭の回旋の動きに制限が生じるようになると、一方の手を後ろに振りにくく同時に足が前に出にくいといったようなことが生じます。

日常の中で、ダンスの中で、そのような働き方の偏りが生じれば偏った負担から様々な問題が生じるリスクもやはり高くなるのでは無いでしょうか。

胸郭の動きや、アームスとの調和を育んでいく一方で、赤ちゃんと違って私たちは日常的に歩行したり、運動したりしていますが、特に歩行は毎日何千回以上も繰り返される動きですから、その歩行の際の胸郭の状態や、それに影響を与えているかもしれない要素について、その部位だけにとらわれずに見直してみることもまた、必要なことかもしれません。

例えば中臀筋や大臀筋といった臀部の筋の働きにフォーカスして行った時、骨盤の安定性や股関節の可動性だけでなく、それによって胸郭の動きや手や腕の使われ方はどう変わったのか。
そんなところにも目を向けていくと、日常の中のどのような時に上肢や下肢を捻らせてしまっているのか、改善への糸口が見えてくるのではないでしょうか。

そして、そのような違いを感じてからまた這う動きを行なっていくと、それまで気付かなかった何かを発見できたりもするのです。

「動きのリーダー」を変えてみると

椅子から立ち上がる、ブランコを漕ぐ、あるいはシットアップのような動きはパラレルな動きですが、寝返りや這う動き、続く歩行もまた支える動きと運ぶ動きのコーディネーションによって重さを移しながらのスパイラルな動きだというようなお話をしました。

そのスパイラルな動きの寝返りも、時に「動きのリーダー」を変えてみることで発見できることがあります。

普段、アームスがリードするように動かしていたものを、脚がリードするように動いていったとき、例えばうつ伏せの状態から仰向けの状態へと寝返りをしようとした際に、一方の脚がリーダーになるときに思いがけず動きにくさを覚えるような左右差を感じたり、動かす感覚が曖昧であることに気付いて「あれっ?」となるように。

その違いはどういうところから生じているのだろうということを、昨日のレッスンでは膝歩きをしてみながら、あまり働いていないところ、動かす感覚が鈍いところを感じてみていただいたり、「運ぶ動き」のし難さを覚える時の「支える動き」はどうなっているだろうということも考えてみていただきました。

「支える動き」が変わることで「運ぶ動き」がしやすくなることに気付く方もいれば、「運ぶ動き」自体に働きの足りなさを感じ取る部位があることに気付く方もいらっしゃいます。

そこでそれぞれが感じたこと、気付いたことがあってからハイハイの動きをしてみると、また違った動きの選択肢が生じてきたりもします。

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ズレから学ぶ

昨日は定例の自習会がありましたが、その後の時間も麗らかな春の中思い思いの散策を楽しまれた方もいらっしゃったようです。

ミニマルシューズで気付けば川べりを1時間半くらい歩いてしまったという方も。
「かなり歩いたのに足が疲れていないのが不思議です。」と、裸足やそれに近い状態で不整地を歩くことの感触をお話ししてくださったりもしました。

「歩くことを考えつつ、検証しつつ」
と仰っていらしたように身をもって稽えることを通じてしか、身に合うものは見出せないものなのではないかと思うのです。

私たちは精度の高い動きというものを追い求めようとするけれど、人工的で平たい空間の中だけでの精度の高さは、それが上がるほどにむしろその環境に固定化されてしまうようにも思うのです。

ダンスでもありますよね。
スタジオで練習した時と、舞台で踊る時と、同じリノでも滑り方が違ったりしてちょっと戸惑うとか、普段リノの環境でレッスンしているとフローリングのスタジオで踊りにくさを覚えたり。

凹凸や勾配のある道でも歩く。平らな道も歩く。
時に裸足やそれに近い靴でも、時に普通の靴でも。

何か1つの正しさや正確さだけではなく、その条件のズレの中で反応して動くということから学べることも多くあるのではないかと思います。

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貴重な3つの「あっ!!!」

昨日のレッスンの始まる前に生徒さんが、デリエールのタンジュの際のお尻の動きに問いを抱いているというお話をしてくれました。

子ども達は、自分が学ぶべき事を感じ取るちからを持っているものだなといつもの事ながら感じつつ、ちょうど良い機会なので、彼女の問いを一緒に考えていく事にしました。

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山笑い、川煌めく春。

休みの間海外から一時帰国していた生徒さんとレッスンする機会が多い日々でした。

お稽古事も日本のように学ぶ場を選べなかったり、コンディションを整えるためのサポートもあまり得られないような地域で暮らす中、疑問を抱いてレッスンを受けることはやめ、自分でできることを積み重ねながら、本帰国してからのバレエ復帰に備えたいというお話でした。

不便であることは、自らを育てる心を育むものなのかもしれません。

自分が何をしたいか、今何ができるか、必要なのか
小さいながらもそういう問いを重ねてきた事が伺えます。

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親指と人差し指の対立運動をしていると

花粉症の季節になって、ある生徒さんが

「親指と人差し指の対立運動をしていると何故か鼻が通って呼吸が楽になるんですよね。」

と仰いました。

ヨガをしていらっしゃる別の生徒さんが

「そういえばこの形は鼻炎を緩和するムドラって習った気がします。その時はピンとこなかったけれど、こうしてちゃんと親指の付け根から動かすと確かに鼻が通る感じがあります。」

と教えてくださいました。

私はヨガは門外漢なのですが、昔の人の叡智はすごいですね。

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