咄嗟の動きに感じる変化

昨年の7月頃にもバレエのお稽古中の生徒さんの咄嗟の動きの一部始終を見ていらした先生から同様のお話を伺ったことがあったのですが、昨日も以下のような体験談を戴き、とても興味深く感じましたのでこちらでもご紹介させて戴きます。

急いで階段を降りようとして躓いた際の身体の反応や、それについてお感じになったことを綴って下さいました。

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ズレから学ぶ

昨日は定例の自習会がありましたが、その後の時間も麗らかな春の中思い思いの散策を楽しまれた方もいらっしゃったようです。

ミニマルシューズで気付けば川べりを1時間半くらい歩いてしまったという方も。
「かなり歩いたのに足が疲れていないのが不思議です。」と、裸足やそれに近い状態で不整地を歩くことの感触をお話ししてくださったりもしました。

「歩くことを考えつつ、検証しつつ」
と仰っていらしたように身をもって稽えることを通じてしか、身に合うものは見出せないものなのではないかと思うのです。

私たちは精度の高い動きというものを追い求めようとするけれど、人工的で平たい空間の中だけでの精度の高さは、それが上がるほどにむしろその環境に固定化されてしまうようにも思うのです。

ダンスでもありますよね。
スタジオで練習した時と、舞台で踊る時と、同じリノでも滑り方が違ったりしてちょっと戸惑うとか、普段リノの環境でレッスンしているとフローリングのスタジオで踊りにくさを覚えたり。

凹凸や勾配のある道でも歩く。平らな道も歩く。
時に裸足やそれに近い靴でも、時に普通の靴でも。

何か1つの正しさや正確さだけではなく、その条件のズレの中で反応して動くということから学べることも多くあるのではないかと思います。

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プレパレーションへの問いから

ピルエットのプレパレーションの時などに、左側の骨盤が後ろに引かれてしまうことが気になり出しました。

レッスンの最初にそのようなお話があったので、何故そのようになってしまうのかを「働きすぎているところ」「働きをあまり感じられていないところ」を一つひとつ動かして感じてみてから、今度は「働きすぎているところ」が先走って働くと、その「あまり感じられていなかった働き」が働きにくくなるということを確認したり、「働くタイミング」にフォーカスを向けたワークをしていきました。

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セミパーソナル・レッスン

ナチュラリゼーションを続けていらした生徒さんのご紹介で、お箏の指導をなさっている方とフラダンスをなさっている方がご関心を持って下さり、昨日は初めてのレッスンでした。

初回なので、顎のワークや手のワークを中心にレッスンしていきましたが、その後ご紹介下さった方から以下のようなメッセージをいただきました。

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人から言われたことではなく、自らの中から

ある小学生の生徒さんが発表会に向けた踊りの練習の中で、指導なさっていらっしゃる先生から問われたことに対する以下のような出来事があったとメールを下さいました。

fullsizeoutput_2debナチュラリゼーションのレッスンでも、色々と新鮮であったり、ただ面白さや楽しさを覚えるような最初の1年を経て、2年目以降の取り組みの中では様々なワークを通じて浮き上がってくる本質的な課題にも直面しながら、この1年以上どこかずっともやっとしていたものが、ここにきて機が熟したようにスッと霧が晴れて自身との対話の糸口を掴んだような感触を覚えたであろう体験をしたり、その感触を得たことでこれまでの問いの断片も彼女の内で結びつき始めて、より立体的な体認になりつつあるように感じていたこの頃でした。

感動というより、敬意を覚える

心身ともに成長する姿に触れる時、その人にも、その内なる活きに対して私もそのような心持ちになります。

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