山笑い、川煌めく春。

休みの間海外から一時帰国していた生徒さんとレッスンする機会が多い日々でした。

お稽古事も日本のように学ぶ場を選べなかったり、コンディションを整えるためのサポートもあまり得られないような地域で暮らす中、疑問を抱いてレッスンを受けることはやめ、自分でできることを積み重ねながら、本帰国してからのバレエ復帰に備えたいというお話でした。

不便であることは、自らを育てる心を育むものなのかもしれません。

自分が何をしたいか、今何ができるか、必要なのか
小さいながらもそういう問いを重ねてきた事が伺えます。

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芸術や芸能の「芸」という字は、もともとは「藝」という難しい文字が使われていました。その「藝」は植物の苗を植えようとする姿を表しているのだそうです。

自分という花を咲かせようとするときも、植物を育てる時と同じように何を与え、何を取り除き、そして自分の身体はどう在って、何を求めているのかを「観る」ちからも「稽える」ちからも必要です。

望むようなレッスンができないことはもどかしいかもしれないけれど、そういうちからを育む機会を得ているのかもしれないですよ。

ナチュラリゼーションがその一助となることを祈りつつ、そんなお話をしました。

そして、バレエのレッスンをすることだけがバレエを学ぶことでもないと思うのです。

異国でしかできない体験を充分に経験したり、その地の芸能・芸術に触れることもまた、いつか踊ることの中に活きてくるのではないかと思います。

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